七転び八起きの日常

発達障害や持病持ちの私の出来事や同じく発達障害を持つ子供の子育てや日常をマイペースに書き綴ります。

ADHDの私の断片的記憶の学生時代

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今日も朝は吹雪いていましたが

今は快晴です。

療養中の猫ちゃんも少しずつ回復しています。

 

今日は断片的な学生時代の学校生活のお話ししますね。

 

小学校中学校2年生までの記憶は曖昧ですが

家が虐待地獄だったので

学校は楽しかったな〜と記憶があります。

ただし、参観日や親子レクレーションは嫌いでした。

 

あとは楽しみにしていた

社会見学とかに限って知恵熱みたいなのが出て

休んでた気がします。

 

男女関係なく親友が数人いましたが

それ以外の同級生には興味がなかったのか

自分が何組か同級生の名前も顔も覚えていません。

 

ただ6年生の時の担任が

その担任の母親が祖母と詩吟繋がりがあり

担任に監視されてるような感覚があって

大っ嫌いな先生だったので名前も顔も覚えています。

 

授業中はというと…

音読がある国語以外は

授業中は窓の外をずーっと眺めているか

ノートに落書きしているか

水仕事で荒れ放題だった手の皮を剥いたりしてるか

退屈でウトウトしてるか

周りの同級生の動きをキョロキョロみたり

まあ、注意散漫でしたね。

ただし、図工(美術)は得意だったので

先生の話しもろくに聞かずに黙々と制作

していました。

 

休み時間は女の子と女子トークみたいなのは

興味がなかったので

いつも同級生の男子達と思いっきり

遊んでいて楽しかった記憶もあります。

男子と遊んでいる方が気楽で楽しかったんです。

 

私の記憶の中では少なくとも

あまりいじめがあったクラスではなかったと

思いますが

陰湿な嫌がらせや陰口をする人がいたら

その頃、正義感があったせいか

自分も家では虐待されて弱者だったせいか

周りにどう思われようが弱い者いじめを

する人が許せなくて

「そういうのは止めなよ」と

ハッキリ物申していたのも覚えています。

いじめる側にもいじめられる側にも

なっていませんでした。

同調するとかグループとかも好き(興味がない)

ではなくて

やっぱりマイペースに学校では過ごしていた気がします。

同級生を笑わすことが好きだったと思います。

なので失敗しても冗談をいったりして

同級生達が『またかよ〜』みたいに

笑ってくれるのも楽しかったです。

 

何故中学2年生までの記憶が断片的で曖昧なのに

中学3年生からの記憶を結構覚えているのは

理由は何となく分かっています。

 

その理由は

年々家事や料理も何でも出来るようになった分

奴隷の様な虐待が年々悪化していき

自由も制限されていき

 

誰も助けてくれないという絶望感と

思春期だったせいもあったのか

たまに逆らうと暴力も倍増していき

そんな生活に

もう生きているのがどうでもよくなって

中学2年生の時にとうとう私の心が壊れました。

 

続きはまた明日書きますね。

最後まで読んでいただき有難うございました。

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